睡眠時無呼吸症候群は当初、きわめてまれな病気であり、異常な肥満と、立つたまま居眠りするような過剰な眠気がその典型であると考えられていました。
しかし太った大でなくても、大きないびきと不眠を訴える大のなかに睡眠時無呼吸を起こしているケースが報告されるようになってきました。
さらに80年代に入ると、欧米で睡眠時無呼吸症候群の有病率が次々と報告されはじめました。
なんと中年男性の一%~二%が睡眠時無呼吸症候群にかかっているというのです。こうした報告は、睡眠時無呼吸症候群がけっしてまれな病気ではないことを専門家たちに印象づけ、驚きをもって受け止められました。
その後、睡眠時無呼吸症候群の確定診断技術がより進歩し、スクリーニング法(アンケートや在宅簡易モニターによって睡眠時無呼吸症候群かどうかを診断する)も整備されたことによって、有病率のデータも更新され、現在、欧米での睡眠時無呼吸症候群の有病率は男性で4%、女性で二%ぐらいといわれています。
気になる日本の場合ですが、0歳児から高齢者まで合わせて睡眠時無呼吸症候群の患者がどれくらいいるかについては、まだ詳細なデータは出そろっていません。
しかし、いくつかの報告を総合すると、日本での睡眠時無呼吸症候群の有病率は少なくとも一%以上にはなると考えられています。一%というと、人目一〇万人に対して1000人であり、これはぜんそくの患者数にはぼ匹敵するほどの数字です。
参考までに、日本人で習慣性いびきをかく人は、男性で二一%、女性で六%という数字があります。いびきもそうですが、睡眠時無呼吸症候群にかかる人で女性が少ないのは、女性ホルモンが睡眠時無呼吸症候群を抑制しているから、という指摘があります。実際、睡眠時無呼吸症候群を発症する年齢は、男性では働き盛りの五〇歳代がピークですが、閉経後の女性にも多いのです。また女性ホルモンのひとつであるプロゲステロン製剤の投与が、短期的には睡眠時無呼吸症候群に有効であることも確認されています。
小児の場合ですと、鼻やのどの疾患が睡眠時無呼吸症候群の原囚であることが多いので、男女に有病率の差はありません。
睡眠時無呼吸症候群の恐ろしさの一つは、さまざまな合併症を引き起こすことです。睡眠時無呼吸症候群の人は、たとえば高血圧や不整脈など循環器系の障害を引き起こしやすくなります。また、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞など、心臓・脳血管疾患と合併する確率も高くなります。
ちなみにアメリカの調査では、睡眠時無呼吸症候群の人が狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患にかかる率は、そうでない人に比べて三倍、脳卒中は四倍という結果が出ています。これらの病気を併発してしまう原囚として、眠っているあいだの無呼吸の状態が体に酸素不足をもたらし、血管を収縮させること、同じく血液中の酸素不足が赤血球を増加させ、血液の粘性を高めてしまうことなどがあげられます。
とくに睡眠時無呼吸症候群と合併しやすいのが高血圧です。本態性高血圧症(疾患があって高血圧を起こすのではなく、原因が不明の高血圧でほとんどの場合がこれにあてはまります)の人が睡眠時無呼吸症候群にかかる割合は、二二%~四八%、逆に睡眠時無呼吸症候群の人が高血圧症にかかる割合は、なんと四五%~九〇%に達するというデータがあります。
ただ、睡眠時無呼吸症候群に高血圧を合併した場合、無呼吸を治療することによって、高血圧はすみやかに治ります。そこが降圧剤を使ってもなかなか完治しない本感性高血圧と大きく違うところです。
睡眠時無呼吸症候群に高血圧が合併しやすいのは、(患者に中高年や肥満体の人が多いこともありますが)睡眠時無呼吸症候群特有の病態である夜間の低酸素血症や、交感神経活動の充進(睡眠時無呼吸症候群の人は昼間目ざめているときだけでなく、夜間も無呼吸を起こすことによって、交感神経が興奮し続けているのです)が、大きく影響していると考えられています。血液中の酸素が不足すると必然的に二酸化炭素が増えます。すると肺血管が縮んで肺高血圧を引き起こします。さらに交感神経も興奮して心臓の拍出量を増大させ、体全体の血圧も上がるというわけです。
「閉塞型」無呼吸症候群の人の場合、夜間の血圧は無呼吸の周期とぴったり一致して変化するのが特徴です。無呼吸を経て呼吸を再開するときに、閉塞型の人は激しくあえいだり大きな音でいびきをかくことは前に述べましたが、その際、脳の覚醒反応によって交感神経が一時的に興奮し、収縮期血圧で一〇〇m比以上も上昇します。これが一晩中、何百回とくり返されるわけですから、高血圧を招くのも無理はありません。
高血圧症が慢性重症化した場合、心筋梗塞や脳梗塞へ発展する危険もありますので要注意です。
交感神経の興奮は不整脈を引き起こすこともあります。睡眠時無呼吸症候群の人が引き起こす不整脈は、無呼吸中に脈拍が少なくなり、呼吸が回復したときに脈拍が増えるというパターンを示すのが特徴です。そしてこの不整脈が、夜間の突然死や、第5章でくわしく述べますが、最近頻発している乳児突然死症候群(S-DS)の原因と関係しているのではないかと、かねてから注目されてきました。
いびきや無呼吸で悩んでいる人が、いちばん心配しているのも「自分は眠っている間に呼吸が止まって死ぬのではないか」ということではないでしょうか。睡眠時無呼吸症候群の患者二二七人の症例を調べたところ、五年間で三例が突然死を起こしているという調査報告があります。ただし、この数字は特別多いことを意味するものではありません。しかも睡眠中の死亡は一例もなく、出勤途中、ジョギング中、手術後に
死亡しているということでした。
そもそも突然死と、睡眠時無呼吸症候群に併発する不整脈との関連が注目されたのは、睡眠時無呼吸症候群の患者の睡眠中の心電図をモニターしたところ、異常な心電図が多くみられ、しかも昼間はそうした異常が認められなかったことが発端となっています。しかしその後の報告では、睡眠時無呼吸症候群の人の不整脈の頻度は、正常な人の不整脈の頻度とそれほど違わないことがわかってきており、現在では不整脈による突然死は、睡眠時無呼吸症候群ではそれほど問題にはならないという見方が強まっています。
だからといって油断はできません。睡眠時無呼吸症候群の人は、症状が重くなると重度の不整脈(心室性不整脈など)を招く頻度が高く、とくに重い心疾患を持つ「中枢型」無呼吸症候群の人は、突然死をもたらしかねない心室性頻拍症にまで発展する可能性もあるからです。
血液中のブドウ糖の量をコントロールしているインスリンというホルモンがあります。棚尿病というのは、このインスリンの合成や分泌障害によって高血糖などの代謝異常を引き起こす病気です。
睡眠時無呼吸症候群の人が糖尿病にかかりやすくなるのは、無呼吸による酸素不足や血液の酸性化が、このインスリンの分泌を抑えるためと考えられています。
少し専門的な話になりますが、糖尿病は「インスリン依存型」糖尿病と「インスリン非依存型」糖尿病に分けることができます。「インスリン依存型」糖尿病の人は、インスリンを投与しないと生命の維持が困難な状態になります。そうでない場合は「インスリン非依存型」に分類され、たいていの糖尿病の人はこの型にあてはまります。
インスリン非依存型糖尿病は太った人に多いという特徴がありますが、「閉塞型」無呼吸症候群も太った人に多いことから、「閉塞型」無呼吸症候群の人にはインスリン非依存型糖尿病が多いことは容易に予想できます。実際、インスリン非依存型糖尿病の人は、そうでない人に比べて睡眠時無呼吸症候群を合併する頻度が高いことが調査で明らかになっています。
またインスリン依存型糖尿病の人で高度の自律神経障害と神経障害がある人は、「中枢型」無呼吸症候群を合併する可能性が高くなります。このインスリン依存型の人に起きる突然死の原因に、「中枢型」無呼吸症候群が関与している可能性もあり、現在、さらに調査研究が進められています。
虚血性心疾患とは、動脈硬化などによって血流が極度に減少し、それが原因となって引き起こされる心疾患のことです。
閉塞型無呼吸症候群の大には、肥満や高血圧症を抱えていることが多く、冠動脈硬化症(心臓の筋肉に血液を送る冠動脈がかたく細くなって血液の流れが悪くなる病気)を起こす率も高くなります。事実、虚血性心疾患の大の二〇%に睡眠時無呼吸症候群が認められるという報告があるほどです。
また、中枢型無呼吸症候群の大は、狭心症の一種で、夜間の就寝中に起こる異型狭心症と合併するケースもしばしばみられます。異型狭心症は、睡眠時無呼吸と同じように、中年以上の男性に多く、睡眠周期ではレム睡眠期に起こりやすいという特徴がありますが、狭心症の発作と無呼吸との時間的な一致は認められず、睡眠時無呼吸症候群が直接の原因になっているかどうか、その関連についてはまだわかつていません。
心臓の機能が低下した結果、心臓から全身に送られる血液の量が不足するとともに、肺うっ血(肺に血液がたまる状態)などを起こした状態が心不全です。これは心筋症や虚血性心疾患など、心臓の機能の低下と調節系の反応が加わった全身的な変化であり、いってみればそれを総称して心不全と呼んでいるわけです。
睡眠時無呼吸症候群が、さまざまな病気をもたらす大きな理由の一つに、上気道の閉塞による体の酸素不足があげられますが、もう一つ、重要な側面があります。
それは、上気道が閉塞しているにもかかわらず、無理に呼吸しようとするため、胸腔内に陰圧(内部の圧力が外部の圧力より低い状態)が生じてしまうことです。たとえば睡眠時無呼吸症候群の子どもには、胸郭が漏斗状に凹んでいる状態がよく見られます。これは、睡眠時に無呼吸をくり返し、胸腔内が陰圧になっている状態が長く続いたために起こってしまった現象なのです。この陰圧は、肺水腫を引き起こしやすくしたり、心臓の機能にも悪影響をもたらします。心臓の右心房の圧力を下げて、動脈・静脈のうち、二酸化炭素を運ぶ静脈の右心房への流れだけが増加します。そのため右心室の容積が増えて、その負担のため右心房不全を引き起こすようになるのです。
ただでさえ睡眠時無呼吸症候群の人は、酸素不足が原因で肺の血管が収縮し、肺高血圧(肺動脈圧が異常に上昇した状態。体を動かしていると息切れ、疲労感、胸骨後部痛、失神などで急死することもある)を起こしている場合が多く、胸腔内圧の低下にこの肺高血圧が重なると、心不全を招く確率はいっそう高くなります。
睡眠時無呼吸症候群の人は、夜中に何度も目ざめたり、朝は頭痛がしたり、だるさを感じることが多いのですが、こうした症状は実はうつ病の特徴でもあるのです。
睡眠時無呼吸症候群の人に心理テストを行ったところ、二八%の人に抑うつ傾向がみられたという報告があります。とくに四〇歳以降の中・高年齢者のなかに多くみられ、そのほとんどは睡眠時無呼吸症候群の治療によって症状が改善しています。
けれどもなかにはうつ病や蹄うつ病に睡眠時無呼吸症候群を合併してしまうケースもあります。一般に、蹄状態の場合は不眠になることが多く、うつ状態になると過眠になるのですが、蹄状態で過眠-それも会話中や食事中に眠り込んでしまうような重度の過眠が起こる場合は、睡眠時無呼吸症候群を併発している可能性かおるといわれています。
そこまで深刻でなくても、睡眠時無呼吸症候群の人は、感情の変化にとぼしく、周囲への興味がなくなって無頓着になったりと、性格が変化することは以前に述べました。こうした性格の変化は、断眠や断食など、人が生きていくLで根源的な欲求を長期間にわたって絶った場合にもよくみられることです。
また睡眠時無呼吸症候群の人が突然怒りだしたり、人に対して攻撃的になるのも、長期間、睡眠への欲求が絶たれていることが起因していることもあるのです。
こうしてみてきたように、睡眠時無呼吸症候群は多くの合併症を呼び起こす病気です。それだけに、睡眠時無呼吸症候群の人は、確実に命を縮めているといえなくもありません。
実際、「睡眠時呼吸障害の患者は、障害のない人に比べて生命予後が短い」という、とてもショツキングな事実がアメリカで報告されています。
とくに重症の睡眠時無呼吸症候群の場合は予後が悪く、一時間あたりの無呼吸回数が二〇回を超える重度の人の場合、調査を行った八年間で生存率が六三%しかなかったというのです。
また、さまざまな疾患に睡眠時無呼吸症候群を併発すると死亡率が飛躍的に高くなることを示したデータもあります。これはアメリカの別の報告ですが、睡眠時無呼吸症候群の患者の死亡率は、睡眠時無呼吸症候群を有していない対照群の約2.7倍たったそうです。なかでも睡眠時無呼吸症候群と心臓や血管の疾患(心血管系疾患)が合併した場合にもっとも死亡率が高く、100人中5.9人。これは同じ年齢でみたアメリカにおける心血管系疾患の平均死亡率の4.7倍にも相当します。睡眠時無呼吸症候群が関与することで、いかに死亡率が高まるか、おわかりいただけると思います。
日本でも睡眠時無呼吸症候群の予後についての調査が行われています。閉塞型無呼吸症候群と診断された患者150人について10年間にわたって予後調査をしたところ、生存率は80.1%でした。
死因の内訳は、心筋梗塞が三例、脳梗塞四例、心不全二例と、やはり脳心血管系疾患が死因となっている場合が多く、死因の60%を占めています。ほかは呼吸不全一例、肺がんや胃がんなどのがんによる死亡例でした。
死亡した人を年齢層別に見ると、40歳未満の若年層で一例(睡眠中の突然死)、40歳以上65歳未満の中年層では七例、65歳以上の老年層では七例でした。これらを日本における平均死亡率と比較してみると、若年層では9.6倍、中年層で1.8倍、老年層で1.4倍となります。
睡眠時無呼吸症候群の死亡率には心血管系疾患の合併が大きく影響しています。したがって、睡眠時無呼吸症候群の積極的な治療はもちろんのこと、合併症についても早期発見と適切な治療が重要なポイントになります。